バリアフリー・アミューズメント・シアター
Home 設立の趣意 次回公演 Blog Blog 問合せ
設立の趣意
【企画趣旨】

Barrierfree Amusement Theater (BAT)は、<こだわらない!><とらわれない!><かたよらない!>広い心を持ち大らかな魂を抱き、
○身分に関する差別・偏見(同和・家柄)
○階級と職業に関する差別・偏見(勝ち組負け組・ホームレス・性風俗産業)
○人種・民族に関する差別・偏見(先住民族・在日・黒人・ユダヤ人)
○言語に関する差別・偏見(差別表現・方言)
○性に関する差別・偏見(男女・性的少数者)
○能力に関する差別・偏見(障がい者・老人)
○病人に関する差別・偏見(ハンセン病・HIV)
○その他(年齢・思想・宗教・被疑者・被告人・犬食など文化)

など、すべての差別や偏見を解き放ち、
「心のバリアフリーを!」と願うメッセージの籠った劇場公演作品を提供し続けようとの意図にて結成するものです。

しかし、心のバリアフリーをテーマとした作品であっても、メッセージだけが声高に一人歩きする堅苦しいものではなく、演じる側も観劇して頂く方達も厳しい現実社会の中で人生の様々な困難を乗り越える勇気と希望を見い出す契機となるような作品であり、且つ楽しくわかりやすく、
「面白いアミューズメント作品!」 を定期的にプロデュースし続ける継続的な場、それがBATなのです。 又、BATは色々な芸能ジャンルの垣根を超え、様々なジョイントにトライし、斬新な作品を生み出し続ける場でもあるのです。


【設立同人】

有近  勝
  (音楽事務所サウンドベースアルファ主宰。小劇場から朝鮮韓国舞踊まで幅広く演出。春やすこ座長公演他、演出作品多数)
原   彰
  (劇作家・演出家。元日本歌劇学校々長。ミュージカルから舞踊劇まで和洋を問わず幅広い創作活動を展開)

<原彰プロフィール・・・そのⅠ>
♪昔の名前で出ていますゥ・・・という歌がありましたが、昔の名前、つまり 本名は 「大原久雄」 でした。そして、学生時代、大原久雄から 「原徹(はらとおる) 」 という偽名、いや筆名、つまりペンネームにしたのです。 筆名の謂われは、昭和36年頃、神戸の三宮にハイライトという喫茶店があ って、そこに演劇関係者がいつも集っており、私もその一員で、ハイライト におる、ハィラィトおる、はらとおる・・・万歳、万歳! という訳で原徹になり、仇名は“ゲーリー・クーパア”でした。アメリカの俳優 さんに似てたからやないんです。はらとおる、つまり下痢で、食うとパアに なる(-_-;)・・・
お後がよろしいようで、今日のプロフィールはこの辺で。 サイナラ、サイナラ、サイナラ。

<原彰プロフィール・・・そのⅡ>
原徹&ゲーリー・クーパアとなった、その前に芝居の世界に入ったいきさつは・・・。
私は19歳の6月から芝居を書き始めたのですが、大学に入って6月迄は超マジメに大学の勉強(経済学部でした)をしてましたが、ふと新聞を見ると「劇団員募集/俳優部及び文芸演出部」という記事があり、人前で台詞喋るのんは恥ずかしいけど、文章書くのは好きやから文芸部やったら・・・と思て応募したところ合格!したのです。
そらそや、受けた人全員合格でした。

さて劇団では文芸部やと言うたのに、人が足らんから俳優もやれと言われ、やり始めたらこれが面白くてやみつきになり、芝居の世界まっしぐら。大学は殆ど自主休講で、経済学部演劇学科在籍と人に言う程でした。 「君の大学、そんな学科あるんや!」とホンマに信じてる奴もいてましたナ。「あるわけないやろ!」
ハイ、今日はここまで。バイのバイのバーイ!

<原彰プロフィール・・・そのⅢ>
さて、原徹という名前で演劇活動をやってたんですが、名は体を表すとか、はらとおるという名前のせいやないんでしょうが、飲むと翌朝下痢してしまう有様で、やっぱり名前変えた方が・・・と思てる頃、東京へ芝居を見に行ったんです。
そして、新宿三越横に大道易者が店を出してたから、時間潰しに占うて貰ろた処、ホンマによう当たったんです。その頃やっていた劇団の経済的負担が若輩者のワタシにかぶってくるとか、年上の人と恋愛してることとか、その顛末とか、黙って座ればピタリと当たる状態やったんです。
それで筆名の事を相談したら、原敬(はらさとし)・原亮(はらりょう)・原彰(はらあきら)の三つを候補に挙げてくれたんですが、原敬は暗殺された人がいるし、原亮は、はらとおるとも読めるし、それで原彰にして今日に至ってるんです、ハイ。
今日はこの辺でおしまい。次回は<原彰>の名刺にまつわるアラカルトを・・・。

<原彰プロフィール・・・そのⅣ>
名刺さて、筆名を原彰にし名刺を作ろうと思たんですが、肩書きがなんにもあらへん。劇作家というのはおこがましいから肩書きなしでいこ、そやけどスペースが空きすぎてなんか寂しいな・・・と思てたところ、イラスト画の好きな友達が魚のイラストを描いてたんを見つけて、それを貰い名刺に印刷したんですわ。その名刺がご覧の写真です。
この名刺を作ってから50年、ずーっとこのまま使こてますが、この名刺のお陰で初対面の人と話の切っ掛けがうまいこと行くことがありましたで。
一番よう言われるんが、「魚釣りが趣味ですか?」ですな。訳知りに見える人やったら、「釣りは釣りでも陸釣りですわ・・・」と答えたこともありました。
ところで、このイラストの魚なんやと思います? 竹麦魚(ほうぼう)ちゅう魚なんです。関西ではあんまり出回らん魚ですが、ある時寿司屋さんに竹麦 魚の寿司があったんで、名刺を見せたらこのイラスト通りの魚ですわと言うてくれはりました。
さて、「私はフリーやから方々に行くんでほうぼうに・・・」とか「このほうぼうゆう魚は海の底の方にいて、上がってくると色が赤くなるんですが、私も シャイで人に会うと赤面して・・・」とか、色々ネタを仕込んで50年、そろそろ新しいネタを考えよかなと思てたんですが、BATを立ち上げBATの名刺を使うことが多くなり、今この名刺は冬眠中です、ハイ。ではでは。
<To be continued>